正社員を辞めた翌日。 10年以上、新卒から育休を経てまでしがみついた職場を去ったというのに、不思議なほど喪失感はありませんでした。
ただ一つ、**「今日から私は無職なんだ」**という事実だけが、鉛のように重く心にのしかかっていました。
でも、感傷に浸っている暇はありません。会社という「守り」を失った瞬間、山のような事務手続きが押し寄せてきたからです。
1. 退職後14日間の「手続きラッシュ」
会社員時代は総務にお任せだった保険や年金。辞めた瞬間、すべてを自分の足で動かなければなりません。
健康保険: 私は「国民健康保険」を選択しました。(※任意継続や家族の扶養という選択肢もありましたが、すぐに再就職する意思があったため、手続きのシンプルさを優先しました)
年金: 厚生年金から国民年金への切り替え。
雇用保険: ハローワークでの失業保険申請。
役所の窓口をハシゴしながら書類を書くたびに、「あぁ、私はもう組織の一員じゃないんだ」と現実を突きつけられる感覚でした。
2. 誤算だった「失業保険でゆっくり」プラン
退職を決めたとき、私は自分にこう言い聞かせていました。
「しばらくは失業保険をもらいながら、心と体を休めよう。4年間、時短で必死に走り続けてきたんだから」
夫の収入と退職金があれば、数ヶ月はなんとかなる。そう思っていた私に、**「3ヶ月のタイムリミット」**という冷酷な現実が突きつけられました。
3. 保育の必要性という「猶予付きの崖っぷち」
誤算の原因は、幼稚園に通う次女の**「預かり保育」**でした。 働くために預けていた園の延長利用。退職すると、利用理由が「就労」から「求職活動」に変更になります。
練馬区(自治体)で認められる求職期間は、原則3ヶ月。
もしこの期間内に次の仕事が決まらなければ、「保育の必要性」がないと判断され、次女が慣れ親しんだ預かり保育の枠を失ってしまう可能性があるのです。
「あ、ゆっくり休んでる場合じゃないんだ」
失業保険は「心のクッション」になるはずでしたが、実際には**“3ヶ月以内に職を見つけなければならないカウントダウン”**の合図に変わりました。
4. 「止まるのが怖い」から、がむしゃらに登録
「私は何がしたいんだろう」 自問自答する余裕もないまま、私はなりふり構わず動き出しました。
ハローワークへの通学
派遣サイトへの一斉登録
転職エージェントへの登録
正社員を辞めたはずなのに、結局また「急いで働く場所」を探している矛盾。 でも、あの時の私は、止まってしまったら二度と立ち上がれないような気がして、とにかく動くことでしか自分を保てませんでした。
まとめ:小2の壁の「後」に待っていること
「小2の壁」で仕事を辞めることは、ゴールではありません。そこから始まるのは、「子供を守りながら、自分も壊れない働き方」をゼロから再構築するサバイバルです。
私がこの後、半ば勢いで「フリーランス」という選択肢に飛び込んだのは、決して計画的だったからではありません。
「止まれない」状況が生んだ、必死の選択だったのです。
次の記事予告
次回は、焦る私が次に選んだ**「フリーランスという名の荒波」**についてお話しします。準備も知識もゼロで飛び込んだ結果、待ち受けていたものとは……?
\ つづきはこちら /
次の記事:退職3か月でフリーランスへ。失業保険より「再就職手当」を選んだ私の計算を詳しく読む
0 件のコメント:
コメントを投稿